【鬼滅の刃】上弦の伍 玉壺(ぎょっこ)はどんな鬼?血鬼術や名シーンを紹介

【鬼滅の刃】刀鍛冶の里編で、霞柱 時透無一郎と対戦した玉壺。炭治郎と直接的な対戦やかかわりはありませんが、不思議な見た目と、特徴のある話口調でストーリーを盛り上げています。

しかし、玉壺とはどんな鬼なのでしょうか?今回は上弦の伍 玉壺について迫っていきたいと思います。

玉壺の基本情報

【鬼滅の刃】上弦の伍 玉壺(ぎょっこ)はどんな鬼?血鬼術や名シーンを紹介

『鬼滅の刃』(C)吾峠呼世晴/集英社

玉壺の性格・容姿

容姿

基本壺の中に身を潜めており、今まで登場した鬼の中で一番人間から遠い姿をしています。頭から小さな腕が数本生えていたり、目と口が額にあったりと変った容姿をしています。

性格

無惨に首を切り落とされても、興奮するほどの変わり者。また、霞柱 無一郎と対等に言い合いができる毒舌の持ち主でもあります。

芸術にとてもこだわりがある。玉壺は人間を殺し壺に飾ることを美しいというような芸術家であり、あまりのおぞましさに無一郎も言葉を失ったほどです。

玉壺と無一郎の出会い

玉壺は刀鍛冶の里がある位置の情報を手に入れて、刀鍛冶の里に潜伏していました。無一郎は自身の刀を直すべく刀鍛冶の里にきていました。刀鍛冶の里は柱でも位置を特定できないようにできています。なので、なぜ玉壺が刀鍛冶の里の位置を知ることができたのかいまだに明かされていません。玉壺は自身が掴んだ刀鍛冶の里を上弦の肆 半天狗と一緒に滅ぼす命令を無惨から受けて刀鍛冶の里に来ていました。

炭治郎と無一郎が上弦の半天狗との対戦中、無一郎のみ遠くへ飛ばされてしまいました。無一郎は半天狗との戦闘に戻ろうとしたのですが、そこで玉壺に痛めつけられる小鉄を見つけて助けに入りました。

玉壺と無一郎の戦い

玉壺に芸術品といって、刀鍛冶の里の人の死体を壺に飾ったものを無一郎に見せました。それを見た無一郎は激高し玉壺のいう芸術作品を激しく否定し、二人は戦い始めました。玉壺の血鬼術の水獄鉢で無一郎を水のなかに閉じ込めました。無一郎は打つすべがなく苦戦します。玉壺は戦いに勝ったと思い、炭治郎の刀鍛冶である鋼塚のもとへ行き、刀を夢中で研いでいる最中の鋼塚を襲いました。しかし鋼塚は玉壺にどんなに苦しめられても、刀を研ぐ手を止めることはありませんでした。

玉壺が鋼塚に最とどめを刺そうとしたとき、無知郎が間一髪で鋼塚を助けます。無一郎は小鉄によって助けられたのです。それにより、無知郎と玉壺の戦いが再度スタートしました。

再度スタートした2人の戦いは、無一郎に追い詰めれれ玉壺の最強の姿になるなど、毒舌共にとても激しいものでした。

激しい戦いに勝利したのは霞柱である無一郎でした。

玉壺の名言・迷言

ここからは不思議な玉壺の名言・迷言をご紹介します。

「鍛冶の断末魔でございます」

【鬼滅の刃】上弦の伍 玉壺(ぎょっこ)はどんな鬼?血鬼術や名シーンを紹介

『鬼滅の刃』(C)吾峠呼世晴/集英社

殺した刀鍛冶職人を壺に飾った玉壺なりの芸術作品を無一郎と小鉄に見せた時の自慢気な一言です。

玉壺からしてみれば、自慢な芸術作品。しかし、無一郎や刀鍛冶の里の住人からしてみれば、悲惨以外のなにものでもありません。悲しさで泣いている小鉄に対し、玉壺は感動で泣いていると勘違いしていました。玉壺にとってはそれほど自慢の作品だったのでしょう。

「私とてこれ程集中したことはない芸術家として負けている気がする」

【鬼滅の刃】上弦の伍 玉壺(ぎょっこ)はどんな鬼?血鬼術や名シーンを紹介

『鬼滅の刃』(C)吾峠呼世晴/集英社

無一郎を水のなかに閉じ込めた際、玉壺は鋼塚を襲うおうとしました。

しかし鋼塚は刀を研ぐことに夢中で、玉壺には目もくれず、気づきもしませんでした。その際鋼塚の集中力に悔しさを覚え言った一言です。鋼塚は玉壺に目をつぶされても刀を研ぐことをやめることはありませんでした。玉壺は自分に気づかない鋼塚を殺すのではなく、その集中力を斬りたくて鋼塚に攻撃するのです。

「それは貴様の目玉が腐っているからだろうがああああ」

【鬼滅の刃】上弦の伍 玉壺(ぎょっこ)はどんな鬼?血鬼術や名シーンを紹介

『鬼滅の刃』(C)吾峠呼世晴/集英社

無一郎との戦いの際に、玉壺の自慢の芸術作品である壺を否定されて腹が立った時に言った一言です。上記の画像にもあるようにとても印象的な顔で言っていますね。

玉壺にとって、芸術作品を否定されることは、とてもショックで腹が立つことなのでしょう。

「つまらぬ、くだらぬ命を私がこの手!神の手により高尚な作品にしてやったというのに!」

【鬼滅の刃】上弦の伍 玉壺(ぎょっこ)はどんな鬼?血鬼術や名シーンを紹介

『鬼滅の刃』(C)吾峠呼世晴/集英社

無一郎に玉壺は首を斬られたときに混乱して言った一言です。玉壺にとって人間とはあくまで食物で、下にみて当然の存在。そして芸術作品にして、自分の手で美しくする存在だったということを強く表している一言です。

玉壺は鬼らしい鬼

ここまで上弦の伍玉壺についてご紹介してきました。玉壺は他の上弦の鬼に比べ過去などについて作中で語られるのが少ない鬼でした。

しかし、作中で発言した言葉等を見てみると、人間を常に下に見ていて、人間は弱く殺されて当然という意識があるんだなあ。という印象でした。これからアニメ等で誰が声優をするのか、玉壺の独特さをどんな風に表現するのか非常に楽しみですね。